-平成28年12月2日(金)- 三里の夕日

 想像することすら出来なかった光景が目の前に広がった。条件さえよければ美しい風景が撮影できるとは聞いていた。


 しかし実際に目の前に広がった絵画のような風景に、私は唯々圧倒されていた。

 

 実は前日にも、夕景を狙ってこの場所に来ていた。残念ながら空は薄曇りであったが、少し差した陽が川面に映る光景も、それはそれで結構見応えのあるモノではあった。

 この日は帰阪の予定。昼過ぎの天候は決して芳しいものではなく、「今回は断念」という言葉が何度も頭をよぎった。

 

 撮影の強行を決心し現場に着いたときも、空はまだ薄曇りの状態だった。が、それから僅か1時間余り、風もないのにいきなり雲は消え去り、波一つ立たない鏡のような川面に西の山に沈む太陽が映り込んだ。

 

 沈みゆく太陽と川面に映るその光。二つの光が一つのフレームに納まった画は、50数年の人生で初めて観たと言っても過言ではない。四万十の川と山、そしてこの日の天候。全てが奇跡的なバランスで生み出した光景、陳腐ではあるが、まさに自然に感謝としか云えない。

 前日の曇り空も、この日のこの光景のために必要だったのだとすら感じていた。

 

 四万十川の表情は、この日のように美しいものばかりではない。しかし、自然の厳しさが豊かな恵みと美しい風景をもたらす。

 

 流域に暮らす人々は、そのことを知っている。故に自然に抗うのではなく、ありのままの自然を受け入れて日々を過ごしている。大きな台風などで、沈下橋が文字通り沈んでしまう様な増水が起こると孤立する集落が、四万十川の流域には未だにいくつかある。しかし集落の人々は至って普通に過ごしていると地元の人から耳にした。都会では考えられないことが、ここでは当たり前のことなのだ。

 

 日々の暮らしの利便性は決してよくはない、しかし、厳しい自然が織りなす風景が、流域に暮らす人々のこころを豊かにしている。

 

(溝渕雅幸)